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石内都「もうひとつの横須賀ストーリー」(前編)

「最初は写真なんて全然興味なかった」石内さんはそう語る。だが性の匂いが濃厚に漂う基地の街・横須賀で初潮を迎えたとき、彼女の中に、写真家としての原点が芽生えていた・・・。
(構成:キム ソジョン / 聞き手:まつもとつばさ / 写真:穴田昌代)


原点。横須賀

― 以前授業にお越しいただいた時、「初潮に傷ついてしまった」とお話されていたのが非常に強く印象に残っているのですが。

石内:余計なことを言っちゃったわね。男の人もいっぱいいたのにねえ。あまり表立ってはそういう話はしないんだけどね。どういうわけかそういう話がでたのね。
最初からお話すると、私もともと全然写真に興味がなかったんですよ。友達から預かった機材がたまたま家の2階にあって、使わないと邪魔だからって、なんとなく始めたの。部屋を暗くすれば暗室もすぐにできたし。買ったのはフィルムと印画紙と薬品だけ。始めてはみたものの、最初は何を撮っていいかわからないわけだよね。写真家になりたくて写真を始めたというより、ひまな時にたまたま道具があって、始めたわけだから。

― 横須賀を撮ろうと思われたきっかけというのがあったんですか?

石内:私は東京へ出て行く時、横須賀にはもう二度と戻らないぞって決めていたのに、カメラを持った時の不思議な感覚だよね。ある時漠然と、写真って自分が解決できないわだかまりのようなものを表に出す一つの手立てとして有効なのかなあと思って、その時にふと、私にとっての原点は横須賀だなあと思ったの。

― 横須賀のどこに「原点」があったんでしょうか。

石内:私は6歳で素朴な田舎から横須賀に移ってきたんだけど、あまりにも環境が違うのでびっくりしたわけ。基地の街には、何故か誰も教えてくれないけど、女の子が歩いてはいけないっていう場所、具体的には「ドブ板通り」という所があったんですが、そういうことが何となくわかってしまって。子供心に、赤線とか、何となく漠然と性の問題としてのイメージがあったから。あの頃、いろんなことが鮮明に一番わかった時期だったのよ。あとはこのまま大人になってダメになっていくんだなって思ってた。

― 「ダメになっていく」?

石内:教育的には、初潮を迎えることは素晴らしいとかって習うんだけど、でも、私は、初潮になると、その日からはっきり女であると言われちゃうという事がとてもショックだったの。急に自分が変わったりするはずはないんだけど、女としての印がついてしまうことがすごく不気味だなと思った。要するに、子どもを産めますよっていうことだから。自分の体から出血するあの感じをすごく自分自身が受け止めることができなかった。

― あれはなんなんでしょうね。

石内:なんなんだろうね。普通の女性として成長していく一つの過程とは思えなかった。本当に普通のことなんだけどね。でも、そういう生理的な事実というのが、私にはなんか納得できなくて、うまく受け止めることができなかった。 初潮を迎えた時の世間の対し方とかにも、私は追いついていけないと思ってた。私はまだこっち側しか考えられないのに、あっちもこっちも言わないでって。考えすぎなんだけどね。

― お赤飯を炊いたりしますよね。

石内:それは、はっきり子供を産むための生理という意味しかないわけだから。それで、じゃあ、産まない女は何なんだよって、思ったの。世の中には、産めない人もいるのに、子供を産むか産まないかで女性そのものが差別されるのはなんか変だなと。だから、じゃあ私は産まなくてもいいと思っちゃったの、勝手に。初潮というか始まった日にそう思って、だから閉経になって 、こっち側の私に戻った感じがして、すごく嬉しかった(笑)。

― 初潮をお祝いする世間と自分の意識がずれている感じがあったんでしょうか。

石内:自分の女性性に対して、世間と折り合いがつかない感じがずっとあって、でもそれが表現の何かに繋がったんだと思うんだよね。


自分を検証する場所

― 初期の横須賀の三部作(※)は、思春期のもやもやしたものを、消化しようとする作品に見えたんですが。
(※)「絶唱・横須賀ストーリー」・「アパートメント」・「連夜の街」

石内:うーん、でも消化とも違うかな。たとえば、それは「暗室」なんですよ。フィルム現像して自分でプリントしている時に、撮っている時はあまり興味がなかったものなのに、あれっ? て思うような、なんか出会いみたいなものがあったの。暗室の中で、いろんなことが一度にばあっと湧き出してくるような、そういう感覚。それが、横須賀であったり、アパートであったりしたんだよね。

― それは思春期の傷のようなものが暗室の中で湧き出してくるという感じですか?

石内:思春期云々は当たり前のことだから、それよりは、この先どう生きていくのかなというようなことよね。初めての個展のときはもう30だったし。今の自分はいったい何なのかをもう一回検証する作業というか、自分の足元にあるものを見ないとまずいという感覚がありましたよね。あと、気づいたんだけど、マイナスの思い出しか私は記憶にないの。いい思い出なんか、何にも残っていないの。
そういう体質なのかもしれないな。ちょっとでも傷ついたことに関しては、絶対に一生忘れない。でも、それが、何かモノを作るにあたって、非常にエネルギーになる。だから今は、横須賀とかそういう街に育ったりしたこととか、みんなありがとう、って感じだわね。

― 自分を検証する場として暗室がとても重要だったんですね。

石内:そうですね。初めての個展の時、暗室の暗がりの中で、一人でプリントしているあの感覚は、今でもちょっと忘れられない。寝食を忘れて暗室にこもっているわけだから、世の中忘れちゃうような感じがあったし、両親と一緒に住んでいたから、人が寝ている真夜中にこそこそとプリントとかしていると、本当に異空間に行っちゃう感じだった。そこにたった一人でいられる感じ。でも、なぜか孤独じゃないんだよね。ザワザワザワってしていて、シーンとしていないの。

― それは、何かが「いる」ような気がするということですか?

石内:いや、何かいるというか、自分ではない他者と会話できる感じ。写真をやる前は男に狂ってたっていうと言い過ぎだけど、要するに他者が必要、みたいなのがあったのよ。(笑)自分とは違う世界を生きているものと出会うと、自分が見えてくると思ってたから、異性という存在が必要だったのね。それが、写真始めてからは、暗室にこもって一人で写真と向かい合っている時間がすごく増えた。でも、写真の中にちゃんと相手がいるんだよね。自分ではない他者が。人と向かい合うことで自分を知るのと、暗室で印画紙と格闘しながらプリントしているのとどちらが面白いかといったら、やっぱり暗室の方が断然面白かった。

― 恋人より暗室だった?

石内:そう。暗室作業というのは、肉体労働みたいなものだから、答えがきっちり返ってくる。プリントってだめなものはだめで、うまくいくときは、必ずきちんとした手立てをとっている。そういうプロセスが非常に明解で面白かったのね。そのプロセスを自分で探しながら、くどくどと寝ずにやっていたから、写真を焼くという単純な作業ではなくなっていましたね。暗室の中で自分の記憶がどんどん蘇ってきて、それを吐き出して、印画紙の黒い粒子の中に埋めちゃうという感じ。本当に自分のわだかまりが印画紙に定着した気がしたもの。

― その過程で、他者と対話しているような感覚があったわけですね。

石内:そう。もう、他者なんか通り越して、宇宙と交信すると思ってた。1か月暗室にこもって、根を詰めて、全紙450枚もプリントをしていると、ちょっと頭もおかしくなるしね。その時何を思ったかって言うと、この写真はどこに行くのかな?ってこと。それで、この作品はきっと宇宙に届くんだろうって思ったのよ。

― すごいですね。

石内:宇宙に発表するんだから、個展なんかもう誰も見に来なくてもいいやって(笑)。初めての個展だったから結構プレッシャーも感じていたんだけど、そう思ったら気が楽になっちゃった。この感覚は当時、すごく有名な音楽家が「音楽は奏でると、その音は宇宙の音楽の星に行く」と言ってたのを読んで、引用させてもらったんだけどね。

― 実際に宇宙と交信している感覚があったんですか?
石内:そりゃ、ありましたね。私のネガって、フィルム現像液 30度で20分もかけて現像しているから、真っ黒なのよ。だから全紙を焼くのに、1時間くらい露光するの。

― 私たちが教わったときは、水温20度で8分と言われましたが(笑)。

石内:だからベタは真っ黒だから、はじめから取らなかった。本当に無知で、プリントの時の基準値とかも知らなかったから。で、1時間もかけて完璧なプリントをしていると、ちょっとしたトリップ状態になるんだよね。だけど、私は、プリントしているというよりは、モノを作っている意識がすごくあったから、1枚1時間かかっても全然大変だとは思わなかった。だって、真っ白な全紙の紙を一枚真黒にするのに筆とか絵具 で描いたら、1時間以上絶対かかるわけだから(笑)。今当時のプリント見ると、こんなことをやってたのか、すごいなって思うもん。

― 1時間露光するってなかなかやらないですよね。びっくりしました。

石内:私にとっては、モノクロは、写真という風には思えないところがあるんです。真っ暗な中で、薄暗い赤い電気をつけて、毒薬みたいな現像液を素手でなでていく・・・まるで、錬金術みたいだなって。すごく淫靡な世界なんだよね。

― 淫靡ですか?

石内:そう、性的で、赤い光の中で印画紙と勝手にセックスしているような……皮膚の断片が現像液の中に入っていく感じ。人知れず、体感を得る、みたいな(笑)。モノクロって、ずっと抱きしめている感じがあるの。そうでなければ、暗室なんかいらないじゃん。

― 暗室での時間が、まさに今の石内さんの礎になっているんですね。

石内:そうですね。あの時の、あの身体的な経験がね。

― 暗室の中での身体的な経験ですか?

石内:それが非常に大きいですよね。「絶唱・横須賀ストーリー」の時は、写真のこと全然知らなかったから、ものすごい初歩的な失敗をいっぱいしていたんです。それがある日わかって、今までのプリント全部捨てたりさ。いろんなことありましたよね。異空間のような暗室にこもって、1人プリントと格闘しながらさ。寝ないでやっているから、肉体疲労もあって、何かが乗り移っているような、あの体の感覚は今でもちょっと忘れられない。

もうひとつの横須賀ストーリー(後編)>>

更新日:2008年4月16日