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吉永マサユキ×森山大道「今だからできること」 / 第4回 吉永塾:自分へのresist


学校をはじめよう

― 無名の頃の気持ちに戻ってみたいと思うことはありますか?

吉永:うん、思いますよ。だから学校を森山さんとしないかという話がでた時に、「やろう」って思いましたよ。学校をやることで、生徒からちょっとずつ気持ちをもらっているわけです。ところで、森山さんが僕に学校をしろということの裏には、何か期待するところがあったんですか?

森山:いや、正直に言うとね、最初にあなたから話を聞いた時、「おい、吉永さんちょっと早いんじゃないの?」って思ったんだよね。吉永さん自身まだ若いし、人にかまけている場合ではないだろうなって。だけど、若い人たちとつき合うのって結構面白いと言う事が、僕も専門学校の講師を25年勤めてきた経験があるからわかるしね。でも、吉永さんがかかわる場合は、学校と言う組織の中に入る事よりも、自分のワークショップを作って始めた方がいいと思った。


学校で伝えたかったこと

吉永:でも、やってみて僕自身は良かったと思っていますよ。生徒のみんなが自主的に課外授業をお願いしたいとか、写真展をやろうとか動いてくれていますしね。

森山:うん、そうだね。吉永塾はいい感じできていると思います。教室や飲み会の雰囲気でそういうのはわかるよね。まあ、こういうことって、まず出会いからだから。

吉永:そうですよね。学校って言っても、俺、全然教えていないし、人と人をつないでいくだけだったんですけどね。ただ、一つだけ、僕自身が思っていたことは、少しでも不安を取り除けて、「少しくらいデタラメでも、自分の好きなようにやればいいんだ」ということを伝えられて、本人たちがやる気になってくれたら、それが一番いいかなと。でも、こちらが働きかけても、完全にその人達の不安を取り除けるわけじゃないけどね。例えば、仕事をもらいにブックを見せに回ったりするときに、その人自身の写真の作風を見ずに、理不尽な事を言ったりするような人もいてね。不安になるよね。これでいいのかなと。でも、そういう時でも、ちゃんと自分の写真に自信を持っていけばいいと言う事を伝えたいよね。


お互いに教える・教えられる関係性の学校

― 「学校を始めて良かった」とおっしゃっていましたが、具体的にどういったところでしょうか。

吉永:いろんな人たちからパワーをもらうことですよね。「俺もがんばらなあかん」ということを、生徒が自分の鏡になって教えてくれるから。

森山:そうだね。この場は、教える・教えられるという形で成立しているわけではないよね。

吉永:学校があることによって、生徒の皆が変わっていくでしょう。そういう様を見ていると、やっぱり嬉しいよね。

― 暴走族をやっていた人達で、吉永さんに写真を撮られた方々が、「先生が写真で頑張っているから俺たちも何か頑張れると思った」とおっしゃっていると伺ったことがあるのですが、同じようなことでしょうか?

吉永:うん、同じだね。それが結果的にその人にとって正しいかどうかはわからないけど。
でも、その思い出とか経験があることによって、その後、何かに繋がっていったりとか、何かに打ち勝ったりすることが出てくるかもしれない。

森山:やっぱり、関係性の在り様持ちようのプロセスには、教える・教えられるという要素が結果的に含まれるわけだし。


生徒を見て思うこと

森山:変な言い方だけどこの中から一人残ってくれたらいいって、そういう感じだよね。

吉永:この世界は、本当に大変ですもんね、本当に意志が強くて、自分でもやるんだって方向でやる人じゃないと、こちらがいくらケツを押そうが何しようができないから。

森山:うん。僕の経験だとね、おりこうさんな子はほぼだめですね。これはちょっと一般論として言うんだけど。言うことをすぐよく聞く子、それと、なんでもかんでもすぐわかった顔をする人ね。そういう人は結局ダメだよね。

― 逆に残っていった人達に共通のことはありましたか?

森山:最初からもう違うよね。そのとき持ってきた写真がつまらなくても、ああ、こいつ面白いかもなあと思う奴。つまり何かやりたいっていう欲望を過剰に持っているんだよね。そういうものをぐっと抱え込んできているっていうね。なんとなく来たっていうんじゃないんだ。
例えば、かつての「WORK SHOP」森山教室の人で言うと、北島敬三にしても倉田精二にしても、みんなそうだったよね。

吉永:やっぱり、自分を持って、自分の意見を言えて、という風でないと、なかなか残っていけないですよね。自分自身を振り返ってみても、20代の頃、「誰しもがキツイと恐れるような佐川急便」、という時代にドライバーをやったり、大検に一発合格したり、同い年の奴等なんかよりは倍以上、俺はいろんなことをやってきているっていうのがあったからね。


写真を志すものへのメッセージ

― 最後に、今写真を志すものに対して一言、メッセージをお願いいたします。

吉永:初心忘れるべからず。やり続けること、だけですよ、ほんとに。ほんと、それしかない。でも諦めてもいいんですよ。諦めるなっていっても、その人の人生だから。やる人はやるだろうし。
思いっきりやることだけが正解ではなくて、その人それぞれのパターンがあるからね。自分が思うようにずっとやっていれば、なんとかなっていくだろうし。

森山:すぐにいい写真を撮ろうとかなんて考える必要ないからね。それよりは広い意味でもっともっとヤクザになって、ワルになって。ということを積極的にやっていかないと。
つまり、生き方としてのことね、それで写真をやりたい気持ちをはっきり持っていれば、やはり先に繋がっていくんだ。

吉永:いい子になろうとすると、世間の範疇のいい子になってしまって、自分の写真でなくなりますからね。

森山:そうそう。

― たしか第一回目のレジストの講義の中でも、「resist」っていう名前の由来について同じような話を伺ったと思います。

森山:うん、そうだったね。やっぱりどこかでNONの精神を抱え込んで、その上で遊ぶ気持ちを持って、そして、写真というものを自分のターゲットとしてしっかり離さないでさ。
結局のところ、自分へのresistだからね。

今だからできること:番外編

更新日:2007年6月23日