home > 特集

石内都「もうひとつの横須賀ストーリー」/ 番外編:着物でプラハに行ってきました

“プラハの街を一緒に着物で歩きましょうよ”という石内さんからのお言葉で、記者T、本当にプラハまでついて行きました。石内都さんのヨーロッパ巡回展の始まりとなるプラハで行われた写真展とオープニングパーティの模様をお伝えします。
(文・写真:まつもとつばさ)


とんがり屋根の教会、赤い屋根の家々、石畳の道・・。街全体が世界遺産に指定されている、プラハ。石内都さんの個展のスタートになると聞き、図々しくもやってきてしまった。
このヨーロッパ巡回展は、2005年のベネチアビエンナーレでの展示を見たというオランダ人キュレーターのマイケル=ボットマン氏が企画したもの。特に「横須賀ストーリー」「アパートメント」「連夜の街」の初期の三部作を大絶賛していて、ヨーロッパで初めて展示されるのだ。それらに加え、「Mother's」「1.9.4.7」「1906」が展示されるという。
今回の展示で特に気になるのは、やはり初期の三部作だ。まずは地下室、「アパートメント」「連夜の街」の展示へ。この部屋の照明は蛍光灯。プリントの黒い部分がぺったりして張り付きそうな皮膚のようにも見え、思わず立ち止まってしまう。古アパートの、あまり触りたくない薄汚い壁、性の匂いが立ち上るタイル張りの浴槽。そしてそれらの雰囲気を逃がすまいとするような地下室の閉塞感。

初期の三部作のビンテージプリントは、現在では生産中止になっている印画紙が使用されており、とても存在感がある。

2階の「横須賀ストーリー」は荒い粒子の中に、心のざわざわ感が今も残っているような情念たっぷりのプリントで、狭い展示室の中でまるで作品に挟まれているような気がしてしまう。
そして1階の踊り場から始まる「Mother's 」。建物の中央にある階段を登っていく途中にも作品が展示されている。まるで魂が天に上っていくかのように、最後に「Mother’s」の展示室へと行き着くのだ。

1階の踊り場から物語は始まる。2階3階

(写真左)最上階。
来場者の女性は「母を亡くして心が落ち着いていないときに、『Mother's』を見て感銘を受けました。」と語る。
(写真右)キュレーターのボットマン氏(向かって左)と、彼のこだわりが凝縮した同時発売の写真集

「1906」。「年老いた皮膚であっても、私にとって美しいと思うものだから撮っている。皺やシミは時間の形。
時間の痕跡を私は撮っているの」と石内さん。


作品の合間に見える、額縁のような窓から見えるゴシック建築などの景色が、クラッシックな展示空間全体に調和して溶け込んでいる。石内さんの展示の中に、プラハの情景と写真を取り戻したラングハンスの歴史が重なってくる。それらは全く違う種類の要素なのに、違和感がなく、むしろ感慨を増幅させる。日本では感じることのできない不思議な感覚だ。
今回ライティングの準備を見ることが出来たが、石内さんの細かな指示の結果、見ている方も「あっ!」と思うような、ぴたりとハマる瞬間があったことを思い出した。写真は空間によって見え方が変わることから、自身で作り上げる展示をインスタレーションと位置づけ、作品と合わせて空間全体を見て欲しいと記者会見で語っていた。ラングハンスという空間をまさに体で感じて展示を完成させていた石内さんの「写真にとって重要な場所であるラングハンスを、自分の写真で埋め尽くすことができて幸せです」という言葉が印象的だった。


写真上)建物の改修時、地下室の隠し戸棚からガラスネガ300箱が発見された。ギャラリーの通路に一部がライトアップされている。
(写真左)ラングハンスは写真スタジオとして1880年に設立された。その後社会主義政権の下、没収。1996年、旧所有者の子孫に建物が返還され、ギャラリーとして生まれ変わる。

さて、いよいよオープニングパーティが始まった。パーティは予想以上の大盛況で、会場は終始熱気に包まれていた。20年前に仕立てたという白地の着物の石内さんは、会場のどこにいても目立つ。着物だけでなく、必ず人だかりができているからだ。皆、口々に石内作品への思いを口にしている。石内さんから何かを学びたいという雰囲気も伝わってくる。

(写真左)熱心に話を聞くカメラマンと日本人留学生。
(写真右)「老いたダンサーの皮膚を見て、これこそが写真の表現だと思った。その感動をとにかくミヤコに伝えたいと思った」というチェコ人の男性カメラマン。

写真集の出資者であるマンフレッド氏もまた、初期の三部作の大ファン。「70年代の日本のモノクロ写真は、世界的に見て秀逸なものばかりだ。その頃、日本は学生運動が盛んだった時期とも聞く。そういった社会情勢が関係しているのでは?」と、独特な見解を語った。
巡回展の大成功を予感させるオープニング。展示が素晴らしいという話題もあちこちで聞こえた。プラハの後も、作品はオランダ、イギリス、フランスに巡回する。たとえ同じ作品であっても、石内さんの采配によって、各地でまた別な顔を見せるはずだ。その場でしか見られない展示をまた見にいきたい!と思わせたプラハだった。



Miyako Ishiuchi photographs 1976-2005
【会場】ラングハンスギャラリープラハ
【会期】2008年3月19日―2008年6月1日
【展示数】約80点
【展示内容】アパートメント / 連夜の街 / 1906 / 絶唱!横須賀ストーリー / 1.9.4.7 / Mother’s
【協賛】在チェコ日本国大使館、国際交流基金、オリンパス
オランダ、イギリス、フランスと2009年まで作品は巡回する。

更新日:2008年5月14日